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隅田川花火大会
江戸の夏は、ここから始まった。享保十八年、両国の川開き。飢饉と疫病で亡くなった人を弔うために、はじめて火薬の花が隅田の空にひらいた。 それから三百年。約二万発。第一会場では、選ば…
江戸の夏は、ここから始まった。享保十八年、両国の川開き。飢饉と疫病で亡くなった人を弔うために、はじめて火薬の花が隅田の空にひらいた。
それから三百年。約二万発。第一会場では、選ばれた花火師たちが技をきそう。「玉屋」「鍵屋」。あの掛け声は、ここで生まれた。
川面に映る光。ビルのすきまから見上げる人。屋形船で盃をかたむける人。見上げる場所の数だけ、東京の夏がある。
戦争で途絶え、復活した。東京はこの川で、ずっと夏をかぞえている。
江戸切子の切り口みたいに、この街は光の当て方でまったく違う顔を見せるんですよね。隅田川と荒川に挟まれた低地に、旧本所と旧向島が合わさって生まれた墨田区は、相撲博物館の浮世絵と、ガラス加工の工場と、向島百花園の梅と萩が、ごく自然に同じ街の中にある。それがふしぎでいいなあ、と思うんです。
長く暮らしてみると、この街の「ふだん」がじわじわわかってきます。住宅と中小企業が混ざり合った路地を歩いていると、石鹸や油脂を扱う工場の気配が、すこし空気に残っていたりする。すみだ郷土文化資料館で向島と本所の歩みをたどると、関東大震災も東京大空襲も越えてきた街の厚みが、日常の景色に重なって見えてくるんです。
東武伊勢崎線のとうきょうスカイツリー駅で降りて、長命寺の桜もちや言問団子を手に入れながら歩く、という時間の使い方が、この街にはよく似合います。両国国技館で大相撲の興行を観て、翌朝また路地に戻る、そういうリズムで街が動いている。江戸の記憶と戦後の復興と、いまの暮らしが、きれいに分かれずに混ざっているところが、墨田区のいちばんの手触りだと思うんです。
東京都墨田区に泊まる
この地に重なるもの
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- 錦糸町
- 押上
- 押上
- 錦糸町
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