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この場所の物語
6月の夜、松尾峡の暗がりにゲンジボタルが灯りはじめると、川沿いの空気がすこし変わるんですよね。ほたる祭りの頃、全国から人がやってくるのは、あの光が「見に行く」というより「会いに行く」感じに近いからじゃないかなあと思うんです。
天竜川が南北に貫き、飯田線の始発終点でもある辰野駅が交通の要として構えているこの町は、伊那谷の北の玄関口として、ものの行き来がずっと続いてきた場所です。ニシザワ辰野食彩館で地元のシナノゴールドや南水を手に取ると、山に挟まれた寒暖の大きさが、果実の重みとしてじかに伝わってくるんです。
「夜明け前」や「頼母鶴」という名の日本酒があることも、なんだかこの土地らしいなあと感じます。夜明け前の、まだ暗いけれどたしかに変わりはじめている、そういうぐあいの静けさが、小野のシダレグリ自生地の林の奥にも、横川渓谷の蛇石のそばにも、ちゃんとあるんです。
精密機械の工場と、国指定の天然記念物と、ほたる丼が同じ町に並んでいる、そのとりあわせが辰野のふだんで、長くいればいるほど、その層の厚さに気づいていくんだと思います。
長野県辰野町に泊まる