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五所川原立佞武多
見上げると、首が痛い。 青森・五所川原の夏。「立佞武多」は、高さ約二十三メートル。ビルの七階に届く、巨大な人形灯籠だ。内側から灯りをともし、夜の町を、ゆっくり歩く。 起源は明治の末…
見上げると、首が痛い。
青森・五所川原の夏。「立佞武多」は、高さ約二十三メートル。ビルの七階に届く、巨大な人形灯籠だ。内側から灯りをともし、夜の町を、ゆっくり歩く。
起源は明治の末から大正。豪商たちが、競って巨大な佞武多をつくった。
だが、電線が町に張り巡らされ、大型は途絶えた。長いあいだ、小さなものだけが残った。
一度、失われたのだ。
1990年代、当時の設計図が、偶然見つかった。市民の手で、巨大佞武多がよみがえった。
図面という一枚の記憶から、巨人が立ち上がった。
「ヤッテマレ、ヤッテマレ」。掛け声とともに、巨人が夜を行く。
消えたものでも、覚えていれば、戻ってくる。
青森・五所川原を代表する夏の祭礼。
岩木川の流れと十三湖の静けさが、この土地の骨格をつくっているんですよね。津軽半島の西側に広がる五所川原は、ヤマトシジミが育つ汽水湖と、豪雪の冬を抱えた大陸性の空気が、ふだんの暮らしのすぐそばにある場所で、そのぐあいがどこか独特なんです。
立佞武多の館に一度入ると、高さ23メートルの山車がふつうに建物の中に立っていて、その圧に少し笑ってしまうくらい、この土地の祭りへのまじめさが伝わってきます。太宰治の生家である斜陽館は金木町にあって、ヒバ造りの邸宅をゆっくり歩くと、明治40年からの空気がそのまま残っているんだなあ、と感じます。津軽組ひもという細い工芸が、こういう雪深い土地から生まれたことも、なんとなく納得できる気がするんです。
JR五能線と津軽鉄道という二本の線路が走っていて、移動のリズムがふたとおりある、というのもいいんですよね。十三湖畔の道の駅を起点に動いてもいいし、図書館のある栄町で一日を組み立ててもいい。冬は-15℃近くまで冷える日があるので、その覚悟は必要だけれど、その分だけ、暖かい室内での時間がじんわりと濃くなる場所です。
青森県五所川原市に泊まる
この地に重なるもの
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