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この場所の物語
箕島漁港から揚がる太刀魚が、銀色に光りながら市場に並ぶ朝の空気は、ちょっとほかとは違うんですよ。有田川が運んでくる沖積の土と、紀伊水道から吹きあがる潮の気配が、この町のふだんの輪郭をつくっている。みかん畑と漁港と、蚊取線香の発祥地という組み合わせが、なんだかふしぎでいいなあ、と思うんですよね。
熊野古道が市の東部をすっと通り抜けているのも、この土地の奥行きになっていて、浄妙寺の鎌倉時代の本堂や多宝塔が、いまも静かにそこに建っています。得生寺では毎年五月に二十五菩薩練供養会式が行われていて、古い祈りのかたちが、ふつうの暦のなかにそのまま残っているんです。歩いていると、産業の歴史と信仰の歴史が、地層みたいに重なっているのを感じます。
箕島駅に特急くろしおが停まるので、外との行き来はわりとすっきりしていて、有田みかんを自炊の食卓に並べながら、紀州紀ノ太刀の刺身を買って帰る、そういうふだんの暮らしが、ここではごく自然に手に届く距離にある。長峰山脈を背に、海を前に、この町は産業と歴史をそっと日常のなかに溶かしているんです。
和歌山県有田市に泊まる
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