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この場所の物語
湧き出る水のことを、ここの人たちはふだんの暮らしの中でごく自然に受け取っているんですよね。秦野盆地の地下からあふれる湧水群は、名水として全国から注目を集めるほどのものなのに、曽屋神社の御神水も、白笹稲荷神社のそばの一貫田湧水も、なんだか日常の景色にすっと溶け込んでいる。水を司る神を祀るという感覚が、土地の底にしずかに根を張っているんだなあ、と思います。
かつてこの盆地では、全国三大銘葉に数えられた葉タバコが育てられていて、その専売所の跡地にいまはイオン秦野ショッピングセンターが建っている。歴史が次の暮らしにそのまま場所を渡しているような、そのぐあいがおもしろくて、丹沢そばや八重桜の塩漬けといった産物も、山と盆地という地形がそのまま食卓に出てきたかのような素直さがあります。曽屋水道が明治のころに日本初の簡易陶管水道として整備されたという事実も、この土地が水にどれだけ真剣だったかを、静かに教えてくれます。
北西に丹沢大山の山並みを仰ぎながら、秦野駅や渋沢駅を起点に動く暮らしは、山と街のあいだをゆったり往き来するようなリズムになる。鶴巻温泉の元湯・陣屋では将棋のタイトル戦が幾度も行われてきたというのも、この土地の落ち着きのようなものを、すこし説明してくれる気がします。丹沢を歩いた日の帰りに、盆地の湧水をひとくち飲む。そういうちょっとした時間が、ここにはきちんとあるんです。
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