福島県 南相馬市
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相馬野馬追
千年以上前、平将門が野馬を敵兵に見立てて軍事訓練をしたのが始まりだという。 それが今も、福島の浜通りで続いている。 甲冑を着た約400騎の騎馬武者が、旗指物を背に野原を疾走…
千年以上前、平将門が野馬を敵兵に見立てて軍事訓練をしたのが始まりだという。
それが今も、福島の浜通りで続いている。
甲冑を着た約400騎の騎馬武者が、旗指物を背に野原を疾走する。
雲雀ヶ原祭場地での甲冑競馬、神旗争奪戦。
最終日には白装束の男たちが素手で馬を捕らえ、神前に奉納する「野馬懸」が行われる。
国の重要無形民俗文化財。
相馬・南相馬は、東日本大震災と原発事故で深く傷ついた土地でもある。
それでも馬は走り続けた。祭りが続いたということは、人が続いたということだ。
相馬野馬追の蹄の音が、まだ空気の中にのこっているような場所なんです。騎馬武者が野を駆けた記憶と、震災からここまで立て直してきた人たちの時間とが、どちらも本物として重なっている。そういう土地に、ふだんの暮らしを置いてみると、日々の手ざわりがすこし変わってくる気がするんですよね。
小高駅の駅舎の中に醸造所があって、そこでビールをつくっているんです。無人駅がそのまま醸造所になっているという、ちょっとふしぎな光景で、でもそのふしぎさが、この場所の今をうまく言い当てている。真野川や渋佐の漁港が近くにあって、海と川と、西の阿武隈高地とが、日常のすぐそばに並んでいる。北泉海岸ではサーフィンの世界大会も開かれるから、海を目当てに来る人にも、ちゃんと顔を向けてくれる土地なんです。
1923年開館の朝日座が、今も建っているのもいいなあ、と思う。凍天という特産品の名前も、なんだかこの土地の気骨を映しているようで。相馬氏の時代からつながる相馬太田神社と、樹齢400年を超えて津波と塩害を耐えたクロマツ、泉の一葉マツ。長い時間を生きてきたものが、復興途中の街の中にさりげなく立っている。そのならびが、南相馬をほかとは違う場所にしているんだと思います。
この地に重なるもの
- 桜井古墳
- 横大道製鉄遺跡
- 泉官衙遺跡
- 浦尻貝塚
- 真野古墳群
- 羽山横穴
- 薬師堂石仏 附 阿彌陀堂石仏
- 観音堂石仏
- 旧武山家住宅(福島県原町市北原)
- 原ノ町
- 小高
- 桃内
- 磐城太田
- 鹿島
- 真野川
- 渋佐